診療科

心臓血管外科

心臓血管外科の特色

当科では低侵襲化と生活の質(QOL)向上を目指した心臓血管外科治療を基本方針としています。患者さん各々に応じてエビデンスに基づいた最先端の手術方法を選択することにより、安全性担保に加えて、身体的、精神的負担を軽減し、早期退院、社会復帰が可能となることを目指しています。また循環器科との迅速な連携により、24時間体制で地域の皆様の安心と信頼を得るべく、救急患者も積極的に受けいれており、外来部門を中心とした病診連携、病々連携を充実させ、遠隔期も含めたきめ細やかな治療戦略をモットーとしています。

 対象疾患は虚血性心疾患、大動脈疾患、弁膜症、先天性心疾患、末梢血管疾患など外科治療の対象となるすべての心臓大血管疾患です。僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術(人工弁を使用せず自分の弁を修復する手術)や、合併する心房細動に対する高周波アブレーション使用によるメイズ手術および虚血性心疾患に対する心拍動下手術(OPCAB)など最先端の技術・手術手技を導入し低侵襲化を図ることにより、高齢者や脳血管障害、慢性閉塞性肺疾患、肝機能障害などの合併症を有するハイリスクの患者様にも対応しています。適切な術中心筋保護や主要臓器保護、綿密な術後の集中管理に加えて、低侵襲化や安全性に重点を置いた最新の手術術式の選択を心がけ、美容的なメリットの大きいMinimally Invasive Cardiac Surgery (MICS)手術も行い、術後の精神的負担の軽減や早期社会復帰に努めています。また、胸部、腹部大動脈瘤手術ではステントグラフト治療も導入しており、高齢者や合併症を有するハイリスクの症例でも安全かつ各患者様に応じた治療戦略を考えて術式を決定しています。

お知らせ

2021年度カールストルツ賞受賞

2021年7月3日に開催された第5回日本低侵襲心臓手術学会学術集会での最終選考会において、2021年度のカールストルツ賞を当院 心臓血管外科部長 秦雅寿医師が受賞いたしました。
カールストルツ賞とは、低侵襲心臓手術のため、優れた研究成果を発表した方を表彰するための賞です。
この学会で秦医師は自身の考案した新術式を発表しました。

当科の特徴

低侵襲心臓血管外科手術を積極的に行い、さらに低侵襲の完全内視鏡手術も開始しました。

低侵襲心臓血管外科手術(Minimally Invasive Cardiac Surgery: MICS手術)

 通常心臓手術では胸骨正中切開といって、胸の骨を縦に切開して手術を行います。このため、喉元からみぞおちにかけて約20−30cmの傷が残ります。切開した胸骨はステンレスの針金を使用して閉じますが、骨が完全に癒合するまで、通常2−3ヶ月くらいは重い物を持ったり、激しい運動(ゴルフ、テニス含む)や車の運転を控えてもらわなければいけません。

 これに対して胸骨を全く切らずに右側胸部に小さい傷を加えることで手術をする低侵襲心臓血管外科手術(MICS手術)を当科では導入しています。われわれが積極的に取り組んでいるのが右小開胸MICSで、これは、傷が画像のように右胸部にきます。長さも最大7cm前後までと小さくなります。特に女性では傷は乳房に隠れるような形になり、美容的にも優れた効果があり、患者様にも好評です。また、このアプローチでは、胸骨を切開する必要がありませんので比較的早期に就労可能となるメリットがあります。

対象疾患
  • 僧帽弁疾患三尖弁疾患
  • 心房中隔欠損症
  • 良性心臓腫瘍(左房粘液種)
  • 大動脈弁疾患
  • 冠動脈バイパス術(一部)

この手術は全ての患者様にこのアプローチができるわけではなく、他にも同時に治療が必要な疾患の有無や各個人の血管や肺の状態によってもMICSが可能かを判断して行います。

低侵襲心臓手術のスぺシャリストが赴任しました

2021年1月より当院 心臓血管外科部長に赴任しました秦 雅寿医師は、ドイツ最大規模の心臓血管外科センターの一つであるHerz-und Diabeteszentrum NRWで上級指導医として2020年12月まで勤務しており、低侵襲手術と僧房弁外科の中心的役割を担う一人でありました。ドイツでの14年の勤務では合計約5,000例、第一または第二術者として約3,000例の心臓手術を経験しております。MICS(右小開胸手術)の総経験数は782例に上り、世界でも上位に入る経験を有しております。

2020年退職時のドイツの新聞記事:こちら

この手術は通常より小さな視野で行うために、特別なトレーニングを受けた外科医でなければ安全に行うことができず、日本でも限られた施設でしか行われておりません。もちろん他のスタッフも低侵襲心臓血管外科手術の特別トレーニングを受けております。

施設によって成績に差がないのが理想的なのですが、現実的には施設や術者により差が出てしまうようです。秦医師が上級指導医として勤務していたHerz-und Diabeteszentrum Bad Oeynhausen(HDZ)は卓越した症例数と成績を誇る心臓血管外科センターです。

MICS僧房弁手術後在院死亡率 HDZ(赤)ドイツ全土(青)
僧房弁形成術後の生存率と一般ドイツ人の比較 HDZ(赤)一般ドイツ人(青)

完全内視鏡下心臓手術

当院では通常のMICS手術よりさらに小さな傷の完全内視鏡下心臓手術を積極的に採用しております。これは写真のように3.5cmの皮膚切開で手術可能です(通常のMICS同様、器具の挿入のため0.5-1㎝程の切開は数か所追加で必要です)。もちろん安全が第一ですので、危険があると判断した場合、数㎝傷を広げ通常のMICSに切り変えます。

僧帽弁の手術-置換ではなく修復を

僧帽弁狭窄症には修復術は難しいですが、閉鎖不全症に対しては修復術が望まれます。当院 心臓血管外科部長の秦 雅寿医師はドイツでの14年の勤務期間に僧帽弁の修復術725例の経験を有しております。
当院では変性疾患による僧帽弁逆流には、ドイツのライプツィヒ大学のProf. Mohrらにより考案された“PTFEループ“による腱索再建術を主に用います。この方法は再現性が非常に高く、素早くきれいな手術をするのに最適な方法です。熟練した外科医が手術すれば、弁に石灰化があるなどの症例以外、高確率で修復術が可能になります。
現在世間で一般的に広く行われている形成術の手法は、逸脱した弁尖の一部を切り取る方法ですが、当院の手術法である腱索再建術はこれに比べて術後の弁の動きが良好であると報告されています。

一般的に行われる部分切除術
当院の標準術式の腱索再建術

その他、著しく心機能の悪い心筋症患者に続発する機能性僧房弁閉鎖不全症という、世界中の心臓血管外科医を悩ませている疾患には、papillary muscle focalizationという新術式を考案し、良好な成績を得ております。

”papillary muscle focalization“
Hata M, Fujita B, Hakim-Meibodi K, Gummert JF: Papillary Muscle Heads Focalization for Functional Mitral Valve Regurgitation. Ann Thorac Surg. 2020;110:e59-e61

僧帽弁閉鎖不全症を指摘された方、MICS手術を詳しく知りたい方、手術をご希望の方は是非、気軽にご相談下さい。セカンドオピニオンも受け付けています。

大動脈瘤に対する血管内治療(ステントグラフト内挿術)

当科では、大動脈瘤に対する低侵襲治療として、血管内治療(ステントグラフト内挿術)を積極的に導入しています。この治療法は脚の付け根に3cm程度の切開を加え、足の血管からカテーテルといわれる管を挿入して大動脈瘤の部分に人工血管を留置する方法です。この方法では、大動脈瘤は切除されず残っているわけですが、瘤はステントグラフトにより蓋をされることになり、瘤内の血流が無くなって次第に小さくなる傾向がみられます。また、たとえ瘤が縮小しなくても、拡大を防止できれば破裂の危険性がなくなります。心臓、腎臓、肺など他の臓器の病気を合併していて、通常の人工血管置換手術および全身麻酔のリスクが高い患者様に対しては、この術式を導入することで手術による負担を著しく低減することができるようになりました。また、最近では臓器血流不全や破裂を伴う急性B型大動脈解離に対してもステントグラフト内挿術を行い、良好な治療成績が得られています。

当科は胸部大動脈、腹部大動脈ともに施設認定基準を獲得し、指導医も常駐している施設です。胸部大動脈瘤に対するステントグラフト治療(TEVAR)では、ハイリスク遠位弓部大動脈瘤に対するdebranching TEVAR弓部大動脈置換後の下行大動脈遺残病変に対する二期的TEVARも積極的に行い、下行大動脈瘤に加えて遠位弓部大動脈瘤外科治療の飛躍的な低侵襲化が得られています。

尚、この方法は動脈瘤の形、動脈瘤の性状(石灰化や壁の血栓など)、血管の細さにより、施行可能な方とそうでない方がおられますので、ステントグラフと治療を詳しく知りたい方、手術をご希望の方は気軽にご相談ください。

腹部大動脈瘤(術前)
腹部大動脈瘤(術後)
遠位弓部大動脈瘤に
対するdebranching TEVAR

ハイブリッド手術室

オフポンプ冠動脈バイパス手術

右大腿
内視鏡で採取した創部

従来狭心症や心筋梗塞例に対する冠動脈バイパス術は人工心肺を用いて、心臓を静止させた状態で心臓の冠動脈とバイパス血管の吻合が行なわれてきました。近年の手術手技や器具の向上に伴い、人工心肺を使わずに心臓を止めずに動かしたまま冠動脈にバイパス血管をつなぐオフポンプ冠動脈バイパス術(OPCAB)が可能となり、当科でも心臓手術の低侵襲化を目指して積極的に採用しています。

オフポンプ冠動脈バイパス術の導入により、呼吸機能や腎機能に問題のある患者様への人工心肺回避による負担の軽減や、脳梗塞や脳出血の危険性の軽減が可能となり、術後の早期回復につながっています。当科ではオフポンプ冠動脈バイパス手術を第一選択としていますが、この術式は全ての患者様に可能ではなく、弁膜症や大血管などの他の手術が必要な方や不安定狭心症や急性心筋梗塞を合併していたり、心臓の機能が著しく低下していて状態が不安定な患者様には必要に応じて人工心肺を用いることも考慮しています。いずれにせよ、安定した視野で十分な視野を確保して良質な吻合を十分な本数施行することでより完成度の高いバイパス手術を心がけています。

また、当科の特色といたしましては、前述の低侵襲心臓血管外科手術(MICS手術)の一環として、左小開胸によるオフポンプ冠動脈バイパス術も導入しており、循環器内科とのカテーテル治療との併用(ハイブリッド治療)も可能です。

冠動脈バイパス術において、多くの患者様でバイパスグラフトとして、足の表面を走る大伏在静脈を使用します。従来なら大腿(太もも)もしくは下腿(脛)に20㎝~30㎝の皮膚切開を行い、大伏在静脈を採取する必要がありますが、術後創部痛が生じ、創部の感染を合併することもあります。それらの合併症発生を減らすために、当院では内視鏡を用い、小さな傷口で大伏在静脈を採取する方法を導入しております