がん診療センター

甲状腺がん

甲状腺がんの診断と実績

甲状腺がんの診断は、血液検査、超音波検査(必要により穿刺吸引細胞診)、喉頭ファイバー、CT等をルーチンとし、進行度に応じてシンチグラム(甲状腺、骨)、食道造影もしくは食道内視鏡(食道浸潤が疑われる場合)、気管支鏡(気管浸潤が疑われる場合)等を施行する場合があります。これらの検査により殆んどの場合確定診断に至ります。進行度やがんの種類(組織型)に応じて治療方針が決定されます。

診療実績
  2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
甲状腺癌、その他悪性
(うち気管合併切除)
131
(22)
122
(20)
113
(24)
92
(15)
84
(16)

甲状腺がんの治療と実績

乳頭がん(Papillary carcinoma)

甲状腺がんの中で一番多く、当科においても甲状腺がん手術症例の90%以上に相当しています。顕微鏡で観察したがん細胞が「乳頭」状の発育を呈しているのでこういう呼称が与えられています。がんの中では性格がマイルドであり発育も緩徐なケースが殆どです。しかし独立した分類となった低分化がんあるいはtall-cell variantと呼ばれるグループにはがんとしてかなり悪性度の高い場合もあります。検査では上記ルーチン検査を施行して診断に至りますが、甲状腺近傍には気管、反回神経、食道、総頸動脈、内頸静脈、副甲状腺といった重要な臓器が存在するため、がんの占拠部位や進展度によっては浸潤範囲を評価することが必要になります。乳頭がんは頸部リンパ節転移を比較的高率に認め、また反回神経浸潤例では嗄声を認めることもあります。

【治療方針について】
がんが片側に存在する場合:low(低)リスク群では片側葉切除+頸部リンパ節郭清を施行しています。リンパ節郭清は通常ガイドラインに従いcentral zoneの郭清(CCND)をルーチンとしています。
がんが両側に存在する場合やhigh(高)リスク群(がんが巨大で甲状腺被膜を超えるケース=Ex+、腺内多発、両側頸部リンパ節転移、家族性、等総合評価で判定)の場合:全摘(場合により亜全摘もしくは準全摘)+頸部リンパ節郭清を実施いたします。リンパ節郭清はCCNDが基本ですが、リンパ節転移の術前評価によりlateral zoneリンパ節郭清(MRND)を施行する場合もあります。リンパ節郭清時には副甲状腺(通常4腺)をリンパ節とともに摘出する結果となる場合が多いため、病理迅速診断で一部切片を確認の上、細切の上胸鎖乳突筋内に自家移植致します。既に肺等に転移を認める症例では、一般に全摘後内照射治療等セカンドステップの治療を実施いたします。
手術時間の目安は片葉切除+CCNDで30-60分、全摘+CCND(MRND)で60-75分程度です。副甲状腺自家移植を追加する場合がほとんどでその場合、術中迅速診断(病理)待ち+移植のため10-20分程度追加となります。

気管・食道合併切除について

甲状腺はその解剖学的位置から、局所において高度に進行した場合気管食道に浸潤するリスクを有しています。特に気管は甲状腺後面が直接連続しているため気管浸潤例は稀ではありません。しかし粘膜面(気管の内側)まで深く浸潤しているケースはそれほど多くはありません。気管浸潤が疑われる場合には、気管支ファイバーを含む術前検査できっちり浸潤の有無と程度を評価します。その上で以下のような独自の術式基準を設けて、安全かつ確実、そして根治性を重視いたします(大阪警察病院内分泌外科術式選択基準:Tori基準) 。粘膜面まで浸潤していなければ可能な限りshaving(気管前面をメス等で削り取ること)をしてがんを切除することを基本としています。気管粘膜面に明らかに浸潤している場合にはその浸潤範囲によって、気管合併切除の術式を選択します。すなわち浸潤範囲が水平方向において1/2周以上であれば環状切除を選択します。一方1/2周以下であれば窓状切除、耳介軟骨DPflap(deltopectorial皮弁)再建を施行しています。耳介軟骨を使用するケースでは、形成外科と共同で前もって耳介軟骨を前胸部に埋め込んだあと気管切除するという二期的再建方法をとっています。また喉頭まで浸潤している例では喉頭全摘を、縦隔まで伸展しているケースでは開胸(胸骨切開)を考慮いたします。 (詳細は該当項を御参照ください)

術後のこと、特に合併症について

周術期合併症については、反回神経麻痺(嗄声やむせ)、低カルシウム血症(指先や口唇の痺れ)、リンパ漏、以外に喉頭浮腫や術後出血など生命の危険に繋がる重篤なものがあるとされますが、当科では丁寧な手術手技と周術期チームによる安全重視の術後管理で死亡率0%、合併症もほぼ0を達成しています。手術後には、甲状腺ホルモン剤以外にビタミンD剤、カルシウム剤の服用が必要なことがあります(特に甲状腺全摘)。ただし副甲状腺自家移植例では術後2-3ヶ月でビタミンD剤とカルシウム剤は不要となります。退院後は定期的に受診していただき、再発転移の有無を確認します。大阪警察病院内分泌外科では手術関連死亡率=在院死亡率=0%を達成し、さらに極めて再発率が低く、良好な生命予後を得ております。

濾胞がん(Follicular carcinoma)

当科では乳頭がんに続いて症例数が多くなっています。ゆっくりと発育しおとなしいタイプが殆どです。このがんで注意しなければいけないのは良性の濾胞腺腫と鑑別困難である場合が多いことです。ルーチン検査にて、細胞診class III以上を通常手術適応としていますが、細胞診の評価が困難な場合も多いため、

・ 超音波所見で悪性が疑われる場合
・ 経過観察中に腫瘍に増大傾向が認められる場合
・ 腫瘍径が大きい場合(4cm以上)
・ 血液検査異常(サイログロブリン高値)
・ 頸部圧迫症状など有症状
といった項目を総合的に考慮し手術適応として手術を施行するケースもあります。

【治療方針について】
殆どのケースで腫瘍を含む甲状腺部分切除、葉切除ですが、場合により甲状腺全摘術が必要となります。手術によってがんの「取り残し」のない治癒切除が極めて重要です。肺や骨などに転移が出現するケースもあり、定期的に外来フォローが必要です。術後のこと、特に周術期合併症については乳頭癌と同様です。大きさ等許容範囲であれば内視鏡手術が適応可能となります。予後不良な「広範浸潤型」では術前診断可能な場合が多く、再発や肺転移のリスクを考慮すると全摘が必要となります。術前良悪性の正診が得られない場合術中迅速診断を実施いたします。最終病理診断で良性(濾胞腺腫)か悪性(微小浸潤型)が決定することも多いので、追加治療や再手術が必要とならないよう十分留意した術式を考慮しています。

髄様がん(Medullary carcinoma)

甲状腺の濾胞細胞から発生するカルシトニンを分泌するC細胞由来のがんです。甲状腺がんの中では1-2%程度と頻度はかなり少ないがんです。散発性の場合も多く見られますが、なかには血縁者の約半数に同じ疾患を認める常染色体優性遺伝疾患として副腎や副甲状腺に病変を伴う場合もみられます(多発性内分泌腺腫症MEN:総数の約1/3)。CEA、カルシトニンを含めた血液検査、穿刺吸引細胞診等で甲状腺について診断をつけます。診断がなされれば必ずCT、超音波等により他臓器にも病変を認めないかどうか全身検索いたします。MENの可能性を考慮するのです。MENの可能性があり、かつご希望の方には遺伝学的検索を施行します(相談致します)。

【治療方針について】
遺伝性の髄様がんでは多発性が多いことや再発リスクを考慮して甲状腺全摘とリンパ節郭清が基本となります。散発性では葉切除など縮小手術が可能と考えられる場合もあり、ケースに応じて考慮いたします。髄様がんは手術以外に有効な治療方法は現在のところありません。注意しておくべきことは遺伝性髄様がんに褐色細胞腫(副腎腫瘍)を合併する場合です。異常高血圧を認める頻度も高く、副腎腫瘍の手術が先行されます。褐色細胞腫の手術では安全な術前―術中―術後管理、全身管理が不可欠です。当院では安全な全身管理可能であり、他科(麻酔科、ICU、循環器科、内分泌内科等)と連携して万全の体制で治療にあたります。大阪警察病院内分泌外科では副腎腫瘍の診療にも重点をおいています。腹腔鏡手術などで対応し良好な成績を得ております( 死亡率0、合併症0:手術実績参照 )。

未分化がん(Undifferentiated anaplastic carcinoma)

未分化がんは甲状腺悪性腫瘍の約1%と稀な疾患です。未熟な細胞から発生するがんですが、初めから未分化がんとして新生するのではなく、乳頭がん・濾胞がんなどの母地があって長い担癌状態の中で変異発症するものと考えられています。予後は極めて不良であり無治療では2,3ヶ月の予後とされます。通常、臨床経過、画像診断、細胞診による総合的診断、あるいは組織診断で確定にいたります。

【治療方針について】
腫瘍が急速に増大し気管食道など重要臓器に容易に浸潤し、緊急事態に至る場合があります。クライシス回避的に外科的治療を施す場合も稀にありますが、一般に治癒切除可能なケースは極めて稀で、喉頭全摘等、拡大手術により肉眼的にがん遺残のない切除を施行しても予後は極めて不良です。通常放射線療法、化学療法を組み合わせた集学的治療による効果に期待します。大阪警察病院内分泌外科では未分化がんの治療にも積極的に取り組んでおり、独自の放射線化学療法プロトコールがあります。2年以上、中には5年以上の生存例をみるなど大きな成果をあげています。

悪性リンパ腫(Malignant lymphoma)

悪性リンパ腫(ML)は全身いたるところにある無数のリンパ組織が起源になります。甲状腺はリンパ組織ではありませんが、橋本病はリンパ球が浸潤する病気であるためそれが母地となってMLを発症することがあります。比較的珍しい腫瘍であり甲状腺悪性腫瘍の2%程度とされています。急に甲状腺が腫大したり、固く腫れてくるといった症状が現れることがあります。大きくなって声が嗄れたり、呼吸が苦しい、などの症状が出現することもあります。上記慢性甲状腺炎(橋本病)を基礎疾患として有する場合が多く、橋本病における血液検査や画像診断の注意深いフォローが必要です。臨床経過をもとに、超音波と穿刺吸引細胞診でこの病気を疑います。細胞診のみでは診断にいたらず、生検、あるいは診断的治療としての甲状腺切除により組織学的診断を得ることもあります。

【治療方針について】
悪性リンパ腫ではタイプや病期によって治療方針が異なります。全身的な諸検査により病期評価をした後、通常放射線化学療法を施行します。奏功率は高く近年では予後の向上が見られます。組織や病期によっては甲状腺全摘等の手術を実施する場合もあります。

手術実績

(A)甲状腺癌症例数
  2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
甲状腺癌(非分化癌含)
(うち甲状腺癌気管(食道血管)浸潤)
131
(22)
122
(20)
113
(24)
92 (15) 84(16)
(B)術式別症例数
  2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
内視鏡手術(癌)(Tori法:葉切、全摘) 32 30 27 19 14
甲状腺癌葉切除、リンパ節郭清(含MHM) 47 48 35 33 22
甲状腺癌リンパ節郭清 3 6 10 8 8
甲状腺癌全摘(or亜全摘)、リンパ節郭清(含MHM)再発転移腫瘍切除 49 38 41 32 40
 うち、気管食道血管等合併切除 22 20 24 15 16
 うち、胸骨(and/or鎖骨)切除縦隔郭清 1 1 1 0 0