がん診療センター

胃がん

胃がんの疫学、症状

 日本の胃がんの発生部位別の罹患数は、大腸がんについで2位(男性2位、女性4位 2018年)、死亡数についても全体で3位(男性2位、女性4位 2020年)となっています1)。本邦での胃がんの発生の大きな要因として、ヘリコバクター・ピロリ菌感染症との関連が考えられています。ヘリコバクター・ピロリ菌の感染により、萎縮性胃炎を経て、胃がんが発生することが明らかになっています。ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌により胃がんの発生のゆるやかな減少が進んでいますが、現在でも主要ながんのうちの一つとなっております。胃がんは、初期症状として、お腹の不快感、食欲低下、胸焼け等の症状が出る事がありますが、早い段階では自覚症状がほとんどないことが多く、かなり進行しても症状がない場合があり、バリウムや内視鏡検査による検診で見つかる場合があります。がんが進行すると、胃(みぞおち)の痛み、不快感、食欲低下、嘔吐、倦怠感、黒色便等の症状が出ます。当院では、胃がんに対し、消化器内科、消化器外科や放射線科、緩和ケア科などとも連携し、集学的な治療を行っています。

胃がんに対する診断・検査法

 日本消化器内視鏡学会認定指導施設である当院では、多くの上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)を施行しており、府内でも有数の検査数を誇ります(下表)。胃がんの患者さんでは、吐血、下血や腹痛などの症状で救急に受診が必要な場合がありますが、そのような患者さんの受け入れも数多く行い、緊急内視鏡件数も日夜問わず、多数行っています。
 内視鏡検査には最新の機器を使用し、空気による送気に比べて腹部の張りなどの症状が少ない炭酸ガス送気による検査を全例で行っております。また、外来での鎮静下内視鏡にも対応しており、苦痛の少ない内視鏡検査を目指しています。狭帯域光観察(Narrow band imaging; NBI)、拡大内視鏡、超音波内視鏡を併用した正確な胃がんの範囲・深達度の診断に努めています。内視鏡検査、CT、MRI(磁気共鳴画像),PET(陽電子放出断層撮影)などの結果もふまえ、内科・外科合同カンファレンスにて協議し、患者さんの状態に応じた最適な治療方針の決定を行っています。

当院の上部消化管内視鏡検査数の推移(カッコ内は緊急内視鏡件数)

  2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
検査数 8,090(761) 7,301(914) 7,613(937) 7,401 (858) 7249 (764)

また、胃がんは一番内側の層(粘膜)から発生し、徐々に一番外側の層(漿膜)へ浸潤していきます。漿膜浸潤が起こると腹腔内に癌細胞がこぼれ落ち、腹膜や腸管などに生着し、増殖する腹膜播種性転移を引き起こす可能性があります(下図の白色結節)。
腹膜播種性転移を認めた場合は、基本的に化学療法が第一選択となるため、より良い治療法の選択のためには確定診断を得ることが重要です。CTやPETなどで確定診断を得ることは難しい形態のため、一般的に腹腔鏡を用いて腹腔内を観察する審査腹腔鏡検査が行われています。当院ではなるべく体に負担がかからないように臍部のみ切開して観察する単孔式で検査を行っております。

当院での審査腹腔鏡検査数と検査による腹膜病変診断数の推移

  2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
審査腹腔鏡検査件数 10 11 5 9 9
腹膜病変発見数 5 10 1 4 7

◆胃がんの治療と実績

 近年、胃がんの治療はめざましく進歩しています。胃がんが根治切除が可能と判断された場合は内視鏡的切除や外科的切除を行います。診断時に胃がんの根治切除が困難であると判断された場合においても、化学療法(抗がん剤)の導入が可能な患者さんに対しては、化学療法による治療を行い、切除可能となれば可及的に切除を行う集学的な治療を行っています。

内視鏡的治療

 胃がんの大きさや形態、組織型により内視鏡的に根治が得られる可能性が高い病変については、積極的にESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)を行っています。長径2cm以下のUL0(潰瘍瘢痕なし)の肉眼的粘膜内癌(cT1a),分化型癌」,ESDの絶対適応病変は,「①長径2cmを超えるUL0のcT1a,分化型癌,②長径3cm以下のUL1のcT1a,分化型癌,③長径2cm以下のUL0のcT1a,未分化型癌については、リンパ節転移のリスクが非常に低く、ESDの絶対適応とされています。2) 胃がんに対するESDの入院期間は1週間程度で、低侵襲かつ短期入院での根治を目指します。当院における早期胃がんの内視鏡切除はほとんどESDを行っていますが、病変のサイズ、部位、形態、患者さんの全身状態によっては内視鏡的粘膜切除術(EMR)により病変を切除する場合もあります。

① 内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection; ESD)
 病変の下(粘膜下層)に生理食塩水やグリセオール、ヒアルロン酸などを注入し、電気メスにて病変を剥離します。病変の剥離の手順には熟練が必要ですが、当院では経験豊富な消化器内科医により、安全で効率的な病変剥離が可能です。病変の周囲の正常粘膜と病変より深部の粘膜下層を含んで病変を一括切除するため、がんの胃壁内の病理学的な広がりを正確に把握し、リンパ管や静脈内に浸潤することによるリンパ節や遠隔臓器への転移リスクを正確に評価することが可能となります。当院では内視鏡切除難易度の高い病変にも対応可能で、患者さんの状態により全身麻酔下でのESD治療も行い、安全な治療を心がけています。


ESDの内視鏡画像
(左上:赤矢印:胃がん病変、緑矢印:病変範囲のマーキング、右上:剥離中の胃の粘膜下層の内視鏡像、左下:ESD後の胃内の内視鏡像、右下:ESDにより切除された胃癌)

② 内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic mucosal resection; EMR)
 EMRは粘膜下にESDの場合と同様に薬液を注入しますが、スネアというワイヤーにより病変周囲を包むように絞り込み、熱を加えて切除する方法です。ESDと比べて治療に要する時間が短く、ESDが行いにくい部位でも施行できる場合があるため、全身状態が悪い方や、病変が小さい、ESDが行いにくい場所に病変がある場合などに選択されます。

 当院における早期胃癌に対する内視鏡治療数の推移

  2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
ESD件数 96 116 136 111 108
EMR件数 0 1 1 0 3

外科的治療

胃がんの手術は、腫瘍を含めて胃を切除し、周囲のリンパ節に転移が存在する可能性があるため、リンパ節の切除(郭清)も同時に行います。切除範囲(胃全摘、幽門側胃切除、噴門側胃切除など)は発生部位や深達度に応じて決定します。当院での手術は基本的に腹腔鏡下あるいはロボット支援下に手術を行っていますが、他臓器浸潤や高度リンパ節転移がある場合は開腹下に手術を行う場合もあります。
腹腔鏡下あるいはロボット支援下手術は、おなかの内にガスを送気して、ドーム状のスペースを作り手術を行います。5-10mm程度の皮膚切開を約6箇所に加え、腹腔鏡(カメラ)と手術器具を挿入して、モニターを見ながら、胃の切離、リンパ節郭清を行います。胃を体外に取り出すために約4-5cmの皮膚切開が必要ですが、臍を利用し美容面で工夫しています。
腹腔鏡下手術は、手術侵襲が少ない、術後の痛みが軽い、傷跡が小さいなどの優れた点があり、早期胃がんにおける幽門側胃切除術は開腹手術と同等の安全性、治療成績が報告されています。一方、腹腔鏡下胃全摘術、進行胃がんに対する腹腔鏡下手術は安全性が報告されている術式ですが、開腹術と比べた長期成績に関するデータは乏しく、まだ評価中の段階です。しかし当院では早くから腹腔鏡下手術をあらゆる術式に導入し、安全かつ開腹術と遜色ない成績を報告していますので、患者さんの病状によっては、進行胃癌に対しても腹腔鏡下手術を導入し、その利点を生かしています。またロボット支援下手術も腹腔鏡下胃切除術と比較して術後合併症が少ないとの報告があり、2018年4月から保険適応されましたが、当院でも早期から積極的に導入しております。ロボット支援下手術の詳細はこちらをご覧ください。
診療方針|診療体制のご紹介|大阪警察病院 (oph.gr.jp)

 当院での胃がん切除症例の推移です。

  2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
腹腔鏡 59 53 66 36 28
ロボット 0 0 6 18 16
開腹 11 20 7 7 9

進行がんで巨大なリンパ節転移や大動脈周囲リンパ節への転移、他臓器浸潤症例など化学療法を含めた集学的治療が必要な方には、術前化学療法を行い、効果を確認したのちに手術を行う場合があります。
当院でも下図のような症例数に対して術前化学療法を行い、根治切除が得られております。

  2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
術前化学療法件数 3 12 5 4 1
根治切除件数 3 4 5 4 1

また、胃切除後の標本は病理検査に提出し、深達度やリンパ節転移などを詳細に検討します。その結果により、ステージⅡ、Ⅲの方は再発予防のため、約1年間の術後補助化学療法が必要になります。基本的に外来で通院しながら1年間続けて行うことが大切なので、副作用への対処や抗がん剤の量のなどきめ細かく調整しながら治療を継続していきます。

当院での術後補助化学療法数の推移

  2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
術後補助化学療法件数 24 38 28 21 21

■胃がんの先進医療

高度腹膜播種転移に対する有効な治療はまだ定まっていませんが、有望な腹腔内化学療法を先進医療として行う治験に当院も参加しております。ご興味ある方は下記をご参照ください。

診療方針|診療体制のご紹介|大阪警察病院 (oph.gr.jp)

化学療法

 当院における化学療法(抗がん剤治療)は最新の胃癌診療ガイドライン3)に準拠しつつ、患者様の状態に応じてきめ細かいケアを行っております。抗がん剤の初回導入および薬剤変更時につきましては原則入院で行い、副作用の観察を行います。外来での継続が可能であると判断されれば外来化学療法センターにおいて日帰りの抗がん剤治療を実施しています(注射薬のある場合)。必要な症例に対してはポート留置も行い、スムーズかつ安定した点滴治療につなげております。また、疼痛や嘔気など、がんに伴う症状の強い方は緩和ケア科と連携して苦痛の軽減に努めています。

当院における胃がんに対する新規化学療法導入件数 (薬剤変更を含まない)

  2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
件数 41 56 40 17 41

参考文献
1) がん情報サービス ホームページ(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html)
2) 小野裕之、ほか. 胃癌に対する ESD/EMR ガイドライン(第2版)
3) 胃癌学会. 胃癌治療ガイドライン第6版 2021 年(金原出版)