乳腺・内分泌外科(内分泌甲状腺外科)

診療・治療に関するQ&A

 乳癌他領域癌においては化学療法、ホルモン療法等集学的治療の役割が著しく増しています。一方、甲状腺癌等内分泌癌においては、手術による治療が未だ一般的だと言えます。こちらでは、癌を含め内分泌疾患の「手術」に際してよく受ける質問にお答えします。

Q1 甲状腺疾患で手術予定です。病院や執刀医として何が重要なことと考えますか?

Q2 大阪警察病院内分泌外科で甲状腺の手術を受ける場合入院期間、手術時間について教えてください?執刀医はどの先生でしょうか?

Q3 60代男性です。甲状腺癌と診断されました。大阪警察病院内分泌外科での甲状腺癌の標準手術を受ける場合、施設の特徴を教えてください。

Q4 30代未婚女性です。甲状腺癌と診断されました。癌はきっちり治してほしいですが、創もできるだけ残さないでほしいです。可能でしょうか?

Q5 20代女性です。甲状腺腫瘍の診断です。通常手術で頸部創は目立たないので内視鏡手術は必要ない、と言われました。通常手術では創は綺麗にならないのでしょうか?

Q6 20代未婚女性、甲状腺癌です。全摘と広範囲リンパ節郭清が必要と言われています。頸部には絶対大きな創をつけたくありません。内視鏡手術を希望してあちこち問い合わせています。「内視鏡手術はエビデンスがないから大丈夫ではない。普通の創(10-12cm)でやりましょう。」と言われました。癌の治療として内視鏡手術は大丈夫でしょうか?

Q7 30代男性です。男性ですが手術痕が気になります。内視鏡手術はしてもらえますか?

Q8 「気管に浸潤しているため大阪警察病院内分泌外科に紹介する。」と言われて受診しました。手術は可能でしょうか?声は残せるでしょうか?手術のリスクはどうでしょうか?危険な手術とのことですが、手術が命にかかわることはありますか?

Q9 通常甲状腺標準手術(部分切除、葉切除(+リンパ節郭清))の合併症は?

Q10通常甲状腺標準手術(全摘、亜全摘+(リンパ節郭清))の合併症は?

Q11 甲状腺癌・甲状腺良性腫瘍の内視鏡手術について、その合併症を教えてください。

Q12局所進行甲状腺癌(気管・食道・血管等への浸潤)での合併症について教えてください。

Q13 「再発部の切除ができないので分子標的治療薬を使いましょう。」と言われましたが、本当に手術できないでしょうか?また、分子標的薬は合併症が怖いのですが、大阪警察病院での安全対策はどうでしょうか?

Q14 放射性ヨウ素(I131)を使用した検査(タイロゲン使用下取り込みテスト)や外来ablation、入院内照射について大阪警察病院ではどうなっていますか?

Q15副甲状腺の病気になりカルシウムが高く手術適応と言われました。原発性副甲状腺腫の診断です。手術は必要でしょうか?手術の方法は?創の大きさを考慮してもらえますか?

Q16副腎疾患で手術をしなければならないと言われました。腹腔鏡手術は可能でしょうか?その方法や合併症についても教えてください。

Q1 甲状腺疾患で手術予定です。病院や執刀医として何が重要なことと考えますか?

A1.

 最も大切なことは患者さんから信頼されるかどうかだと考えています。患者さんにとっては診察で得られる感覚的な部分があるかもしれません。しかし一方で、誰しも本当にこの病院、この先生で良いのか?他病院ではどうなんだろう?という疑問や不安が消えず、どこで手術を受けるか、なかなか決心しづらいものです。患者さんの立場としては、現実的にはインターネットや書籍などの情報源より「いい医者探し」をする場合が多いかもしれません。病院選びの基準の一つに「手術件数」がしばしばマスメディアで取り上げらます。しかし、単に手術件数だけでは病院や医師の良し悪しは判断できません。たとえば、手術の内容が考慮されません。手術の術式、難易度などを考慮した正確な統計が必要です。手術件数が多い大病院では通常医師の数も多く医師一人あたりの症例数は多くないかもしれません。また、医師の手術成績は個人差が非常に大きいものです。したがって、術者選びは施設の業績よりも医師個人の手術件数や手術成績の方が重要であると考えます。症例数や手術成績を公表していることが信頼できる病院の証です。公表していなければ医師に直接尋ねれば良いでしょう。医師はカルテの情報を成績を正確に伝える義務があると思います。内分泌疾患(甲状腺、副腎等)の手術についてですが、外科の中では特殊な領域であることに留意しなければなりません。市中病院外科においても遭遇する疾患ではありますが、QOLにかかわる繊細な手術手技が要求されますので、やはり相当数症例経験があり慣れている「専門医」(内分泌甲状腺外科専門医、等)であることが重要だと考えます。中でも甲状腺領域は総合病院か専門病院か悩むところかもしれませんが、各論として検討されるべきでしょう。

Q2 大阪警察病院内分泌外科で甲状腺の手術を受ける場合入院期間、手術時間について教えてください。

 A2. 

 気管合併切除等の高難度手術でなければ、術前日入院、術後3-5日で退院という具合に通常1週間以内の入院が一般的です。気管合併切除などの大掛かりな手術では気管縫合や気管切開の管理、および閉鎖に向けた嚥下訓練リハビリ等、かなり長期間の入院を必要とし、主治医以外に専門医・指導医が必ず手術に入ることにしております。現在のところは原則内分泌甲状腺外科部長:鳥正幸が手術責任者担当を致します。

Q3 甲状腺癌と診断されました。大阪警察病院内分泌外科での甲状腺癌の標準手術を受ける場合、施設の特徴を教えてください。

A3. 

 大阪警察病院内分泌外科は気管食道浸潤等の高度進行甲状腺癌センター施設であり、また内視鏡手術のセンター施設(先進医療A)として全国の専門病院や大学病院から多数ご紹介を受け、多くの実績を残しています。しかし、やはり「通常切開標準手術」が数の上では最多で、最も力を入れていますきめ細かくハイレベルな手技をモットーにしています。高難度手術(気管食道血管浸潤例や内視鏡手術)よりはるかに容易な「通常切開標準手術」では安全性(合併症=0へ)、根治性が高くQOLを高次元で満たすべく下記の特徴を有しています。尚、手術時間の目安は片葉切除+CCNDで30-60分、全摘+CCND(MRND)で60-75分程度です。ほとんどのケースで副甲状腺を自家移植を追加しますが、その場合術中迅速診断(病理)待ち+移植のため10-20分程度追加となります。

【大阪警察病院通常切開型甲状腺手術の特徴】

(1)全身麻酔用術前検査で入念な全身チェックを実施(多科連携)

・既往歴、服薬歴をチェックし併存疾患の治療・術前コントロールを実施(他科と連携)。

(例)糖尿病に対する内分泌内科教育入院後手術。不整脈に対して循環器科受診し心機能評価、治療後手術。消化器疾患で内視鏡実施、加療後手術。低肺機能、呼吸器疾患併存、あるいは喫煙者の呼吸器科受診、加療後手術。

・全身状態としてハイリスクな症例に対して「周術期管理チーム」コンサルトのうえバックアップいただく。

(2)ICU入室&「周術期管理チーム」による安全な術後管理

・全摘以上症例、ハイリスク症例は術当日ICUに入室し、必要に応じて「周術期管理チーム」と連携して術後管理します。院内では、夜間も主治医のみならず、常勤当直麻酔科医(ICU)や救急医、内科系外科系当直医など、常駐スタッフが院内に待機し必要時連携していただきます。

(3)反回神経・上喉頭神経に対する愛護的操作と温存・再建

・反回神経浸潤例に対しては、可級的に切除(shaving=削ること)して可能な限り温存するようにしています。肉眼的にR0(遺残なし)をめざします。術前から声帯固定があり不可逆と考えられる場合は根治性のため切除することがあります。

・気管浸潤例に対しても、可級的に切除(shaving=削ること)しています。気管の粘膜面まで癌が浸潤しているケースは術前正確な評価を期し、術式変更を予め考慮します。

・反回神経切除例は頸神経わなー反回神経吻合等で再建。マイクロサージェリー用の特殊な手術セットを使用します。なお、マイクロサージェリー吻合技術については世界最小径特別注文12-0ナイロン糸を使用した「実験用膵臓移植マウスモデル作成」の実績があります(参照:Tori M, et al. Model of mouse pancreaticoduodenal transplantation. Microsurgery. 1999;19(2):61-5.)。

・声の高低、大小にかかわるもう一つの大事な神経=上喉頭神経は、癌の浸潤を認めなければ確実に同定し温存するようにします。これは慣れれば容易なことですので内視鏡手術・通常手術にかかわらず常に留意しています。

(4)副甲状腺自家移植

・副甲状腺は甲状腺周囲に4個存在することが普通です。副甲状腺が重要であるのはカルシウム濃度を調整していることにあります。甲状腺の手術では術後しばしば低カルシウム血症を来し、手足や口の周りのしびれ、重症ではテタニーと呼ばれるけいれん発作が生じることもあります。術後に低カルシウム血症が起こる原因としては、副甲状腺の喪失があります。副甲状腺が郭清したリンパ節内に含まれていたり甲状腺に付着していて一緒に摘出されてしまうことがあるからです。副甲状腺は甲状腺の上下に1個ずつ位置しており、左右対で合計4つありますが、すべて下甲状腺動脈から支配されており、しばしば郭清により下甲状腺動脈を処理せねばならず、残したつもりでも術後に壊死して機能しないことが見受けられます。当科では、片葉切除でも全摘でも可能な限り郭清したリンパ節や摘出した甲状腺の周囲に副甲状腺がないか確認し、病理迅速診断に提出。副甲状腺と確認できれば胸鎖乳突筋に自家移植するようにしています。術直後はカルシウムやビタミンDの補充が必要でも、この自家移植により合計2個分以上の副甲状腺確保をめざします。そうすれば術後2-3か月で補充が不要になる程度に副甲状腺ホルモンやカルシウムの値が回復しています。当科においては、このような配慮を可能な限りすべての症例で実施しています。

(5)徹底的リンパ節郭清(特に縦隔、顎部、について)

・甲状腺癌の90%以上の頻度をしめる乳頭癌はリンパ節転移の多い癌です。術前からリンパ節転移が指摘されているケースでの郭清では取り残しのない徹底的な郭清が重要です。リンパ節郭清が不十分であれば転移を伴った再発の頻度が増すと考えられます。リンパ節転移の有無は術前評価できる範囲で可能な限り評価しますが、明らかなリンパ節転移がないと考えられる場合でも実際は術後の病理学的検索で転移率が高く、少なくとも予防的郭清が必要と考えられています(中心領域リンパ節)。必要に応じて外側領域リンパ節を追加することも重要です。当科では適宜リンパ節を迅速病理診断に提出し、転移の有無を評価しつつ郭清範囲を決定して万全を期しています。中心領域リンパ節で特に重要なことは、しばしば縦隔リンパ節に連なって転移していることがあります。この場合、腕頭動脈、大動脈弓、無名静脈などの大血管と連続する血管処理が必要です。癌が浸潤、転移している場合には、大出血のリスクを伴います。リスクが高いからと言って郭清を怠れば、同部位からの転移再発は避けられず、再発癌により予後が危ぶまれたり遠隔転移の原因となる可能性があります。実際、他院から当院への紹介例では腕頭動脈周囲等での多くの縦隔再発症例があります。大出血時には迅速な開胸・救命処置が不可欠です。大阪警察病院内分泌外科では、気管縦隔浸潤など高難度症例が多く、こういったケースでの開胸・救命処置には十分な経験を有しています。もし開心処置が必要であれば心臓血管外科と緊急連携して危機に対応いたします。

(6)その他偶発的危機回避について

・ (5)で触れた尾側縦隔方向の緊急処置の可能性以外に頭側や外側にも手技上のリスクがあります。リンパ節転移ではしばしば内頸静脈に浸潤を認め、合併切除再建が必要です(当科で実施いたします)。頸動脈鞘浸潤では総頸動脈温存or切除、迷走神経温存or切除、背側の交感神経幹温存or切除。また顎周囲での舌下神経、顔面神経、そして外側領域での副神経等QOLに非常に関わる扱いが必要となります。項目(5)(6)は通常手術においても、術中所見・偶発事象によっては、通常手術に必要な手術テクニックでは対応できず、それをはるかに上回るテクニックとバックアップが必要です。適切な対応ができなければ、術中死を含めた重篤な合併症が発生するリスクがあるのです。リスクがあるため癌を取り残したまま終了することは予後に大きな悪影響を及ぼし、何より技術レベルが問われます。当科では安全性を担保しつつアグレッシブな手術テクニックを追及しています。

(7)総合病院(多診療科)・人間ドックのメリットについて

・ 術前併存症について評価・加療後十分準備をして手術に臨んでいただくことについては既に触れました。術後についても同様に、外来通院中他疾患を患った場合、随時他科紹介受診が可能です。甲状腺疾患が完治しても、全身の健康状態チェックのために併設のドックを受診する場合にも特典があります。このように、甲状腺疾患の診療に限らず全身的な健康チェック・サポートも期待できることは総合病院の大きなメリットと言えます。

Q4 30代未婚女性です。甲状腺癌と診断されました。癌はきっちり治してほしいですが、創もできるだけ残さないでほしいです。可能でしょうか?

A4.

 整容性を追求した手術として当科においてオリジナルな内視鏡手術(hybrid-typethyroidectomy – HET: Tori法)を開発しました。甲状腺癌では一般にリンパ節郭清、特に縦隔の郭清が必要です。十分な郭清のためには頸部の小切開が必須であると考えています。気管浸潤や反回神経浸潤にも対応でき甲状腺癌の進行度に応じて幅広く対応できます。また頸部に小切開がなければ術後管理上の安全も保てない、そのために小切開を置くという合理性もあります。内視鏡手術で完遂できる可能性がかなり高いと思われます。術前諸検査により評価いたします。詳細は、「診療方針(病気の種類と診断・治療)」の5甲状腺悪性および良性疾患に対する内視鏡手術(Tori法)について、をご覧ください。

Q5 20代女性です。甲状腺腫瘍の診断です。通常手術で頸部創は目立たないので内視鏡手術は必要ない、と言われました。通常手術では創は綺麗にならないのでしょうか。

A5.

 年齢を重ねると頸部は自然に皺ができます。中高年になれば通常襟状切開を実施しても皺の上、あるいは皺に平行に切開を作成しますのでそれほど目立ちません。創の治り方、創の美しさには体質によるところも大きく個人差も大きいものです。しかし、比較的若年の方は皺もなく肌に張りがあるためかなり創が目立つ場合の方が多いと言えます。また、ケロイド体質など、創痕が目立つ体質の場合では、創長が長ければ手術を実施したことが一目瞭然ですが、創長が短かければ外傷程度と認識される場合が多いものと思われます。創にこだわられる方には形成再建外科・美容外科コンサルト(連携)の上、御加療いただけることも当院のメリットです。

Q6 20代未婚女性、甲状腺癌です。全摘と広範囲リンパ節郭清が必要と言われています。頸部には絶対大きな創をつけたくありません。内視鏡手術を希望していて「内視鏡手術はエビデンスがない。普通の創(10-12cm)でやりましょう。」と言われました。癌の治療として内視鏡手術は大丈夫でしょうか?

A6.

 癌の治療として内視鏡手術は大丈夫か?ということですが、お答えとしてほとんどのケースで大丈夫と言ってよいでしょう。「全摘と広範囲リンパ節郭清」が必要ということであれば、小切開一か所(通常2-2.5cm)と内視鏡ポート2か所で可能です。また偶発気管浸潤判明例にも対応可能です。内視鏡手術は、良性では安全確実に摘出できれば予後は問題ないですが、癌の場合「根治性」がどうかということになります。これは腫瘍が甲状腺として一回に摘出できるか、とか郭清したリンパ節の個数が十分かということに行き着くと思われますが、肉眼よりモニターを通した方が甲状腺の背側がむしろ見やすいということもあり、気管や周囲との付着部から甲状腺が確実に遊離されます。またリンパ節郭清については、中心領域は気管を牽引しつつ直視下にて実施することが多いため、肉眼で通常器具を使って実施するという意味では同等です。郭清に差がない、というデータはすでに論文発表等で証明してきました。また長期予後がないからエビデンスがないということに関してですが、内視鏡「癌」手術は5年ほどしか経過しておりませんので10年単位のデータがないのは当然です。しかし、予後を規定する根治性が同等であることから、長期間経過しても同等な予後であると考えられます。

Q7 30代男性です。手術痕が気になります。内視鏡手術はしてもらえますか?

A7.

 可能です。男女の別はいっさいありません。原則45歳未満には希望に応じて内視鏡手術(先進医療A)を実施いたします。甲状腺癌は若年者ほど予後良好で、癌取扱い規約では、45歳未満の場合、遠隔転移がなければかなり進行していてもstage1ということになります。術前の画像診断等を参考に内視鏡手術が可能かどうかご相談の上最終決定となります。

Q8 他院で、「気管に浸潤しているため当院ではできないので紹介する。」と言われて受診しました。手術はできるでしょうか?声は残せるでしょうか?手術のリスクはどうでしょうか?危険な大手術とのことですが、手術を受けたために命を落とすことはありますか?

A8.

 甲状腺癌には予後が比較的良好な分化癌とそれ以外の癌があります。未分化癌は極めて予後不良で、気管・食道・血管浸潤例も珍しくありませんが、手術をしても予後の改善がほとんどないケースが多いため抗癌剤等を用いた集学的治療を実施することが通常です。一方分化癌はほとんどの場合手術実施可能です。大阪警察病院内分泌外科では術前検査による「術式選択基準」を設け、それにより術式を決定しています。気管を切除するような進行例では血管切除再建、食道切除再建も稀ではありません。旧来の環状切除―端々吻合、というハイリスクで周術期QOLの不良な方法のみならず当院オリジナルである耳介軟骨DP再建術という安全な方法で再建する機会も増加しております。声帯に浸潤がなければ通常嗄声を伴う結果を含めて考えれば発声可能なケース、気管切開を閉鎖できるケースが大半です。しかし頭側(喉頭)方向に浸潤していれば喉頭切除等により声が失われる可能性があります。もっともこの場合も人工喉頭や、特殊な音声再建術が実施できる可能性はあります。また、一般的に手術リスクは5-10%程度と考えられますが、過去13年間で当院での手術関連死亡=在院死亡0を達成しています。

Q9 通常甲状腺標準手術(部分切除、葉切除(+リンパ節郭清))の合併症は?

A9.

 甲状腺腫瘍に対する手術には、腫瘍摘出、甲状腺部分切除、甲状腺葉切除(右葉か左葉を切除)、甲状腺亜全摘、甲状腺全摘術があります。腫瘍の性質、大きさ、部位により、術式が異なります。主として腫瘍摘出、甲状腺部分切除、甲状腺葉切除(右葉か左葉を切除)の場合の説明となります。腫瘍が悪性(甲状腺癌)の場合には組織にもよりますが、殆どの場合頚部のリンパ節郭清が必要となります。皮膚切開は、頚部のしわに沿った襟状切開を加えます。創の大きさは、腫瘍の良悪性、大きさや性状により異なります。できるだけ創が目立たないように工夫して皮膚縫合を行っています。手術終了時にドレーンという細い管を創部に留置し、体外に出します。手術部位に貯留する浸出液や血液などを外に出すためのものです。多くの場合、1~4日で抜去します。

 【手術に伴う合併症】

① 出血: 甲状腺は血流に富んだ臓器です。手術に際して、甲状腺に入る動静脈を処理して、甲状腺を切除します。手術中に止血されていても、甲状腺切除断端などから、術後に再出血することがあります。圧迫等にて止血される場合もありますが、再手術による止血が必要なこともあります。

② 反回神経の麻痺: 反回神経は甲状腺に接して存在するため、甲状腺の手術に際しては、術後に反回神経麻痺をきたすことが時々あります。反回神経麻痺では、声帯の動きが悪くなり、嗄声(しわがれ声)をきたします。また、液体を飲む時にむせやすくなります。多くは一時的で数ヶ月以内に回復します。しかし反回神経が腫瘍に巻き込まれている場合等、反回神経を切除しなければならない時もあります。切除しなくともshavingといって神経を一部削るようにして腫瘍を取らなければいけないことがあります。両側の反回神経が麻痺すると、呼吸困難のため挿管などの処置を必要とすることもあります。

③  喉頭浮腫: 術後一過性に喉頭が腫れる場合があります。ひどくなると呼吸困難をきたします。

* ②、③において急激に気道閉塞が生じる場合には気管切開(気管に穴を開ける)を施行する場合があります(片葉切除では極めて稀です)。

④  リンパ瘻: リンパ節郭清に伴い、術後ドレーンからリンパ液が漏出することがあります。軽度であれば保存的治療(脂肪制限食や絶食)で軽快しますが、難治性の場合、再手術による縫合等を要することもあります。

⑤  創感染: 手術創部に細菌感染を起こす可能性があります。

⑥ 創ケロイド: 手術創が目立たないように工夫しております。しかしケロイド体質の方では創部がケロイド状になることが時にあります。

⑦ 副甲状腺機能低下: 片葉・部分切除では副甲状腺機能低下による血中カルシウムレベル低下は稀です。術中に同定できた正常副甲状腺は筋肉内に自家移植しています。機能低下ではテタニー(筋肉のケイレン)などの症状をきたし、必要時にカルシウム製剤とビタミンD製剤を投与します。

⑧ 甲状腺機能低下: 稀ですが悪性の場合、再発防止のため甲状腺ホルモン剤を投与する場合があります(甲状腺刺激ホルモン抑制療法)。

⑨ その他:腫瘍が縦隔に進展するような巨大なものであったり、縦隔尾側にリンパ節転移を多数認める場合には心臓近くの大血管周囲の処理、分枝血管の処理が必要な場合が多くあります。当科では予後改善のため積極的な郭清を実施していますが、不測の出血時には致命的な合併症が発生する可能性があり、縦隔縦切開による開胸により安全な止血操作を実施する場合もあります。また総頸動脈、内頸静脈などテーピングしたり周囲のリンパ節郭清により脳神経学的なダメージ(脳梗塞等)が発生する場合があります。

手術や術後管理においては結果として予測不可能な合併症が生じることがあり、発生した場合は内容を説明の上速やかに全力で対応させていただいております。

【代替え可能な他の治療法】

良性腫瘍では、経過観察することも可能ですが増大や悪性化の可能性を否定できません。多くの甲状腺癌は、他癌と違って発育が緩徐です。しかし、放置すれば徐々に増大し転移し得ます。切除手術が唯一の根治的な治療法です。 特殊な型の甲状腺癌以外は、放射線治療や化学療法の効果は切除手術に劣ります。

Q10通常甲状腺標準手術(全摘、亜全摘+(リンパ節郭清))の合併症は?

A10.

A9に準じますのでご参照下さい。それ以外に全摘として付記すべきことを列挙しま

(付記1)

両側にわたって反回神経周囲の処理をしなければならないことや、悪性でhigh risk群の手術が多いため反回神経麻痺のリスクは葉切除より増大します。

(付記2)

頸部操作が左右深部全般にわたるため、頸部静脈還流が増悪し、術後喉頭浮腫のリスクも葉切除より増大します。(緊急気管切開(通常一時的)の準備は常時しています)

(付記3)

切除範囲、リンパ節郭清が広範囲になるため副甲状腺をともに摘出してしまわなければいけない部位が増え、低カルシウム血症のリスクが増大します。当科では全摘以上の手術侵襲ではICU入室基準となります。

(付記4)

全摘以上の手術侵襲で気管・食道・血管等他臓器合併切除の可能性がある場合や有併存症でリスクがある場合などは「周術期チーム」コンサルト例になります。

Q11 甲状腺癌・甲状腺良性腫瘍の内視鏡手術についてその合併症を教えてください。

A11.

 A9,A10に準じます。通常手術と同様の道具を使用し、内視鏡は視野の拡大・明視化のための方法として使用するため、内視鏡手術独特の合併症というものは存在しません。術中偶症や気管・反回神経・血管等浸潤判明例には切開創を延長する可能性がります。

Q12局所進行甲状腺癌(気管・食道・血管等への浸潤)での合併症について教えてください。

A12.

 A10に加えてそれぞれの臓器の合併切除に対応した合併症が発生する場合があります。これはケースによってかなり異なるので術前説明などに委ねられます。(例えば、耳介軟骨DP再建では気管縫合部の縫合不全、皮弁壊死、感染、肺炎、創部出血、その他となります。)

Q13 「再発部の切除ができないので分子標的治療薬を使いましょう。」と言われましたが、本当に手術できないでしょうか?また、分子標的薬は合併症が怖いのですが、大阪警察病院での安全対策はどうでしょうか?

A13.

 分子標的治療薬を使用する可能性のある「難治性甲状腺癌」は「RI抵抗性切除不能」分化癌のことを指す場合が多いと思われます。RI抵抗性については客観性があるものの、「切除不能」については何をもって「切除不能」とするのか正確に判断しなければなりません。候補として3つのケースが考えられます。(a)肺転移、骨転移等遠隔転移のみ、(b)気管・食道・血管浸潤例、喉頭浸潤例、縦隔浸潤例、等局所再発、(c)(a)+(b)。(a)の場合は施設に関係なく病勢進行が評価可能です。しかし、相当数あると考えられる(b)または(c)の例においてどうでしょうか?癌浸潤を認める気道粘膜からの出血等癌緊急(oncologic emergency)を回避しなければ急変・急死のリスクがあり、たとえ遠隔転移を伴っていても手術適応がないとは言えません。高度進行癌症例の「センター施設」である大阪警察病院内分泌外科としては、上記のような切除不能かどうかの正確な判定が要求される症例を多数経験してきました(手術実績参照)。それゆえ、そういった「切除不能」性の判断は術前評価(画像診断)や豊富な手術経験則から総合的に判断いたします。また大阪警察病院は、総合病院として万全の安全対策を心がけています。そして、多数の使用経験から以下の5条件を必須と考えています。即ち、

1 服薬開始後いつでも(緊急)入院できる体制。開始時は入院で投薬が望ましい。

2 院内に皮膚科、循環器科、消化器内科、等副作用発現の鑑別や加療可能な様々な診療科の存在が必須である。

3 夜間対応、緊急対応ができ、副作用発現時にいつでも緊急入院可能であること。

4 共通カルテでの病状把握が要求される。

5 医師、看護師、薬剤師等多職種の抗癌剤使用経験豊富なスタッフと外来化学療法センターなどの設備が整っている。

なお、分子標的治療薬の詳細については、診療方針(病気の種類と診断・治療)の8 難治性甲状腺癌に対する新規治療(分子標的治療)について、をご参照ください。

Q14 放射性ヨウ素(I131)を使用した検査(タイロゲン使用下取り込みテスト)や外来ablation、入院内照射について大阪警察病院ではどうなっていますか?

A14.

 大阪警察病院内分泌外科では、再発進行甲状腺癌に対して、入院内照射をお勧めいたします。しかしI131の取り込みがなければ効果があまり期待できないため警察病院内でタイロゲン(リコンビナント人TSH)を使用したI131取り込みテストを実施いたします。取り込みがあれば、連携他院で入院内照射を実施いただきます。取り込みが(-)であれば分子標的治療薬を使った治療を、厳格に適応および当院原則の「開始時観察入院投薬」の原則を守ってご使用いただきます。一方、反回神経shaving時にミクロ残存の可能性がある全摘症例等では外来ablationを連携他院で実施いただいております。これを補助療法としております。

Q15副甲状腺の病気になりカルシウムが高く手術適応と言われました。原発性副甲状腺腫の診断です。手術は必要でしょうか?手術の方法は?創の大きさを考慮してもらえますか?

A15.

 副甲状腺機能亢進症には原発性と続発性(腎不全等に続発する)があります。原発性と診断されたとのことですので原発性について述べます。副甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、カルシウムが骨から溶け出して血中カルシウム値が高くなり尿中に多量に排泄されている状態です。手術をしなければいけない状況(手術適応)としては無症候性ではアメリカ国立衛生研究所衛星(NIH)のガイドラインがあります。〈1〉血清カルシウム値,〈2〉24時間尿カルシウム排泄量4,〈3〉腎機能(クレアチニンクリアランス),〈4〉骨塩量T-score,〈5〉年齢、などから条件が設定されており(省略)のうち1項目でも満たせば,quality of life(QOL)等に影響があり手術が奨められます。ついで、副甲状腺機能亢進症の手術についてです。当施設では前頚部になるべく目立たない小さめの約4-6cmの襟状切開を加えます。術前画像診断に基づいて腫れた副甲状腺のある側の甲状腺を脱転して甲状腺周囲をよく調べます。90%以上は1腺のみの病気とされていますが、術前の画像診断でもこれが裏付けされていればこれのみ摘出します。術前の画像診断で複数の病変が疑われたり部位の同定が困難であれば左右全腺について調べます。最近では切開(MHM)ないし内視鏡手術も実施しこちらが主流となっています。

Q16副腎疾患で手術をしなければならないと言われました。腹腔鏡手術は可能でしょうか?その方法や合併症についても教えてください。

A16.

 腫瘍の大きさや良性悪性にもよりますが、良性でかつ右側で肝臓、あるいは左側で膵臓に深く入り込んでいなければ腹腔鏡を使った手術が可能です。腹腔鏡手術が不可能な場合には開胸開腹の可能性をふくめて大きな切開創が必要となります。腹腔鏡を使った手術は、お腹側から腹腔内経由でアプローチを実施する経腹膜アプローチと背側から後腹膜に空間を作成して実施する後腹膜アプローチがあります。いずれもworking space内に炭酸ガスを注入して実施します。当科では肝臓(右側)や膵臓(左側)への浸潤の可能性を考慮し、経腹膜アプローチで実施することが一般的です。おなかの中を腹腔鏡というカメラを通してモニタで見ながら手術を行います。「前側方アプローチ」という当院で開発した「前方アプローチ」と「後方アプローチ」のメリットを統合した方法で実施しています。副腎腫瘍を摘出するにはまず副腎周囲臓器を剥離することによって露出することから始めます。右副腎腫瘍では肝臓、(場合により十二指腸、右側結腸)。左副腎腫瘍では左側結腸、脾臓、膵臓という臓器です。これらの臓器がはがれることで凡その副腎全体が確認されます。その後、右副腎なら下大静脈、腎臓、横隔膜。左副腎なら大動脈、膵臓、横隔膜との交通から安全に切離されなければなりません。血管、脂肪結合組織などの処理のためにvessel sealingsystem等のエネルギーデバイス(血管等処理用の器具)や太い血管用のクリップを使って処理します。手術中の合併症としてはまず右側では肝臓、腎臓、下大静脈などが傷ついた場合の出血が問題となります。多くの出血で輸血の可能性があります。左側では膵臓の損傷による膵液の腹腔内への漏れが起こることがあります。膵液は刺激性が強く腹膜炎を起こす危険があります。ドレナージなどの処置、再手術が必要なケースもあります。最悪の場合は処理されていたはずの血管が感染等を伴って破綻し大量出血、および急変を起こす場合があります。手術中に何らかのアクシデントが発生すれば開腹による大切開に移行する場合もあります。アクシデントとしては、出血のコントロールが困難、腫瘍が周囲臓器に浸潤して処理できない、等です。この場合、安全のため通常開腹手術にスイッチします。当科での成績は、過去13年間の合併症0、死亡例0で開腹手術への途中移行例も0となっております。